北キャン便り Vol.5 北海道大学 触媒化学研究センター
北海道大学の北キャンパスのランドマークともいえる創成科学研究棟。
今回は、その研究棟の中にある「北海道大学 触媒化学研究センター」のセンター長である朝倉清高先生にお話をお伺いしました。
全国の触媒研究の拠点
朝倉先生がセンター長を務める触媒化学研究センターは、触媒化学の研究で世界的に貢献した堀内寿郎先生によって1943年に設立された。その後、1989年に全国共同利用施設、2010年には文部科学省の認定する「共同利用・共同研究拠点」となった。この事業では、共同研究課題の全国公募を行っており、毎年20件程を採択し共同研究を実施しているほか、採択が叶わなかった課題やその他の課題についても、それぞれが自前の予算で共同研究を進めている。“触媒”に特化した研究センターは全国にただ一つで、全国の研究をサポートする立場にあり世界的な拠点にもなっている。
平成22年度から27年度の期間で、文部科学省「統合型物質創製化学推進事業」に採択され、名古屋大学、京都大学、九州大学の各大学の化学系研究センターと連携し国内4拠点の一つとなり、若手人材育成と物質創成イノベーションを担っている。
2010年にノーベル化学賞を受賞された鈴木章先生、根岸英一先生には、特別招へい教授として就任いただいているとのこと。なんと北大にはノーベル賞受賞者がふたりも!
この研究センターのユニークなところは、1989年に全国共同利用施設になったときから研究者の完全公募制と内部昇格の原則禁止に踏み切ったところ。つまり、原則すべての研究者を外部から公募採用とした点だ。たとえば、現存の研究部門に在籍の教授が退任されると、その研究部門はなくなり、公募により新しい研究部門が立ち上がるそうである。朝倉先生は、現在、表面化学研究部門の教授であるが、「自分が辞める時は、部門のスタッフは他の機関に転出することとなります。」 のだという。
准教授が自由活発にできるよう彼等が中心となり“展開型”と呼ばれている研究クラスター(共同研究チーム)を部門横断的に構成し、全国の研究者と連携して研究を行う。これにより、大規模プロジェクト予算獲得に結び付けるとともにリーダー役を担っている非常に活性度の高い組織になっている。
国際交流の拠点形成に向けて
触媒化学研究センターでは、海外の大学との部局間協定にも力を入れており、北大で最初に海外オフィスを北京大学に作ったり、2005年には触媒のメッカと言われているドイツのマックスプランク協会傘下のフリッツハーバー研究所と、そして、今年になり根岸英一先生、鈴木章先生ともゆかりのある米・パーデュー大学と部局間協定締結をはじめ、中国、アメリカ、ヨーロッパ各地と盛んに交流をしている。また、国外での情報発信型国際シンポジウムも毎年開催しており、2005年のドイツ・アーヘン工科大学での開催を皮切りに、毎年開催を続けている。この国際シンポジウムでは、日本の最先端化学研究を世界に発信している。2013年には、プラハ、アトランタほかにて開催しており、本年は10月にストックホルムとシカゴで開催する予定である。 (http://www.cat.hokudai.ac.jp/news/symposium.html)
テクノプロデュース的部門の新設
触媒化学研究センターのもう一つの特徴としてあげられるのは、全国に先駆けて平成25年より設置された「実用化基盤技術開発部」。基礎的な研究に打ち込んでいると研究者はどうしても実用化からの距離間がつかめなくなることがある。そこで、触媒化学研究センターでは、実用化を狙った総合的な研究マネジメントを行う部門を昨年の4月に新設した。この4月には、北大の研究者を経て民間の化学系企業で執行役員をされていた方に就任いただいたとのこと。大学等の技術シーズの実用化や実用化ニーズの取り込み等大学ではあまり得意とされていない分野に手を入れ、「死の谷」と言われている研究開発と事業化の間にあるギャップをうめることをミッションとしている。このようなテクノプロデュース的な部門の新設は、新しい試みであり可能性は未知数。世界を変えるイノベーションを期待したい。
来たからには何かを残したい
センター長である朝倉先生は、元々物理化学を専攻され、表面化学、放射光科学、触媒構造化学を研究している。様々な解析装置の進歩によって触媒の表面構造と触媒作用の関係を解析できるようになったことから、固体触媒の表面構造や反応機構について研究されている。
例えば、炭素原子がシート状に結合したグラフェン、チューブ状になったカーボンナノチューブ、球状になったフラーレンは、これまでは見る手段もなかったので研究の対象にならなかったが、これが電子顕微鏡の進歩によって画像で見られるようになってきてホットなテーマになった。恐らく最も進歩が著しい装置の一つが走査型透過電子顕微鏡だそうである。
また、小さいものが見られるようになっただけではなく、時間による変化を追いかけることができる時間分解能も格段に上がってきており、ミリ秒、マイクロ秒、ナノ秒、ピコ秒(千分の1秒、百万分の1秒、十億分の1秒、1兆分の1秒)の変化を解析できるようになってきた。「オペランド測定」という実際の使用環境下での測定を行う方法論が浸透し、使用される状態での触媒の動態を測定してみると、「触媒は、自らは変化をしない」というのが通説だったが、実は刻々と変化を続けていることが分かってきたとのこと。
このような研究は、例えば高効率の燃料電池開発や工場などでの生産プロセスの改善を実現する革新的な触媒の設計、開発に活かされるものと期待されている。
「より小さなものを見る」、「より短時間の変化を測定する」ことを目指すようになると、市販の装置類では間に合わなくなったり、コスト的にメーカーが手を出さないような解析装置が必要になってくる。そこで、解析に必要な装置の開発を自ら手がけている。朝倉先生の研究室にお邪魔すると、触媒や化学の研究室とは思えないような組み立て途中の解析装置が設置してある。
その一つの取り組みに、メーカーとコンソーシアムを作り解析装置開発に取り組む中で、メーカーOBが小型の光電子顕微鏡(PEEM)を開発するベンチャーを創業し、真空装置を手がける函館の地場企業が参画※して「MyPEEM」を開発したことがあげられる。
地場企業と共同開発した光電子顕微鏡「MyPEEM」
先生は、東京大学から移って来られた研究者であるが、「せっかく北海道に来たのだから“来たからには何かを残したい”」ということで取り組まれたそうである。
光電子顕微鏡(PEEM)は構造が比較的簡単で装置を小型化でき、大きなメーカーがあまり手を付けない領域であることから、北海道に電子顕微鏡産業の種が播かれたことになる。
現在は光源をX線に変え、光電子のエネルギー分析と顕微鏡とを合体したタイプ(エネルギー選別X線光放出電子顕微鏡;EXPEEM)の開発に取り組まれているとのことである。
縦の箱が光電子分析装置
朝倉先生は、より多くの研究者が参画し、産業界を巻き込むようなプロジェクトを関係者が力を合わせて推進していければ、北キャンパスがさらに大きな拠点となり得るという。
朝倉先生は、より多くの研究者が参画し、産業界を巻き込むようなプロジェクトを関係者が力を合わせて推進していければ、北キャンパスがさらに大きな拠点となり得るという。
※光電子顕微鏡を開発するベンチャーは㈱北海光電子で、北キャンパス内のコラボほっかいどうに入居。函館にある地場企業は㈱菅製作所で、真空技術、高温技術をコアテクノロジーに、PEEM,真空蒸着、スパッタリング装置などの研究開発支援機器を手がけている。
触媒化学研究センターは、北キャンパスの中ではそれほど目立たない印象でしたが、全国、世界を視野に展開する非常に高いポテンシャルを持った研究センターであることが分かりました。朝倉先生、ありがとうございました。