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北のDreamMaker VOL.5 北極域がホット?北海道大学北極域研究センター 齊藤 誠一 先生

Human 2017年6月8日

「北大R&BP体験記」第5回は、今注目されている北極域研究の最先端施設「北海道大学 北極域研究センター」について、センター長 齊藤 誠一 先生に説明いただきました。

今、北極域がホット?

少し大げさな表現になるかもしれないが、今、北極域 がホットだ。夏の北極海の海氷融解が最近加速度的に進んでいることなどがいろいろなニュースで報じられている(図1)。

図1 北極海における年間最小海氷面積の変化

もちろん冬には北極海は全域が海氷で占められるが、夏には北極海沿岸域の海氷が融解する。衛星で海氷分布を観測すると、ここ数年の夏季の海氷面積は15 年前の半分ほどになってきている(図2)。

図2 衛星による北極海の9月の最小海氷面積分布観測

その原因は地球温暖化の影響などいろいろな議論があるが、夏季の海氷面積が激減していることは事実である。そんな中、海氷減少による北極域の気候変化への影響がクローズアップされるようになってきた。

このような現象は、北極域の気候や生態系に影響を及ぼすだけでなく、水や大気の循環を通じて地球規模の環境変化や生態系の変化を起こす可能性がある。一方で、新たな資源開発や、海氷減少に伴う北極海航路の利用促進といった利権を生み出す側面を併せ持っており、北極域の環境変動により新たな政治・経済的問題が生じるなど、多くの課題に直面している。
2015 年4 月1 日に、北海道大学(以下「本学」)はこのような北極域の諸問題を解決するため、さまざまな分野における研究目的に北極域研究センター(以下「当センター」)をまずは学内共同利用研究センターとして設置した。ここでは、当センターの活動や産学官連携へのアプローチについて紹介する。

北極域研究センターの概要

当センターは本学の札幌キャンパスの最北端に位置する。次世代物質生命科学研究センターを中心とした研究施設合同ビルの2 階に、10 部屋程度の小さな所帯で発足した。
センター長を頂点に、副センター長の下に二つの部(研究部と国際連携部)で組織化され、北キャンパス合同事務部と当センターの事務部が協力して運営する。
研究部は、六つの研究グループから構成されている。自然科学系のいわゆる地球システム科学分野の「大気圏・水圏研究グループ」「陸圏研究グループ」「雪氷圏研究グループ」「衛星観測・モデリング研究グループ」の四つ。五つ目は北極海航路や寒冷地建築などを含む応用科学分野について研究するユニークな「環境工学研究グループ」、六つ目が国際政策、国際政治、経済等の分野を網羅する「人文社会科学研究グループ」。
また、国際連携部は、海外研究機関との連携強化や人材育成のプログラム策定・推進と、産学官連携強化による研究成果の社会実装に向けて取り組んでいる。
センターのビジョンは、北極域の持続可能な開発・利用・保全の推進に寄与することで、次の三つのミッションを掲げている。
1. 北大の特色を生かした北極域のフィールド研究の推進と国際ネットワークの拡大
2. 異分野連携による超学際的北極域研究の創出
3. 社会・産業構造変革を創造するための産学官プラットフォームの構築

発足のきっかけと経緯

本学の北極域研究は、人工雪で有名な中谷宇吉郎先生の1950 年代後半のグリーンランド氷床研究を端緒として、さまざまな取り組みが行われている。これまで多数の研究者が、それぞれ単独や少数のチームで研究の実績を積んでいたところ、時宜を得て北極域研究センターとしてまとめ上げて全学横断的に研究を推進していくこととなった。そして、2015 年4 月1 日に、筆者が初代センター長としてセンター運営の指揮をすることとなった。
初年度は基盤作りが主なミッションであった。まず施設整備、人員確保、管理運営体制の整備から取り掛かった。10 部屋は以前に使用していた実験系の施設が残ったままで、これを研究室や事務室として使用できるように改修を始めた。すでに文部科学省の「北極域研究推進プロジェクト(ArCS)」* 2 の公募は前年度15年2 月に始まっていたので、センターが開設された4 月1 日から学内のメンバー総出で、5 月20 日締め切りの計画書作りに没頭した。15 年7 月に採択が決まり、代表機関国立極地研究所、副代表機関海洋研究開発機構と本学の組織体で、同年9 月からこの北極域研究のナショナルフラッグシッププロジェクトが始まった。
これと並行して、文部科学省共同利用・共同研究拠点「北極域研究共同推進拠点(略称:J-ARC Net)」の申請準備が始まった。申請締め切りは5 月末とArCS とほぼ同時期で、2 件の申請書作成に昼夜もないような状態であった。この拠点は連携ネットワーク型として当センターが中核施設、国立極地研究所の国際北極環境研究センター(15 年4 月1 日改組)、海洋研究開発機構の北極環境変動総合研究センター(15 年4 月1 日設立)が連携施設として参画する、国立大学法人、大学共同利用機関法人、国立研究開発法人という異なる法人の連携による初の拠点であり、それぞれの機関の特長を生かして、異分野連携や産学官連携による北極域研究推進の役割を果たすことが期待されている。15 年8 月に書類審査を経てヒアリングが実施され、16 年1 月に文部科学大臣認可を受けて同年4 月1 日に本拠点活動を開始した。16 年5 月20 日・21 日に、産学官からの140 人に達する参加者のもと、開設記念講演会・記念シンポジウムを開催して本格稼働した。

産学官連携

文部科学省の共同利用・共同研究拠点は、各拠点が代表する研究分野の研究者コミュニティーの支援が役割として課されており、J-ARC Net にも同様の役割が求められている。それに並び、J-ARC Net 特有の大きな役割が産学官連携の促進である。北極域研究は、これまで述べてきたように総合科学であり、研究成果を社会に実装するためには、複合的な視点が必要である。民間企業からの研究費投資を受けるには、研究成果の出口の明確化と市場への貢献の明確化が必要である。現在、J-ARC Net の活動は始まったばかりで産学官連携の事例紹介まではできないが、現在のアプローチを紹介する。
J-ARC Net では年2 回程度、さらに具体的に「北極域に興味を持つ産官関係者の裾野を広げること」を目的として、北極域オープンセミナーを開催している。ことし1 月に札幌で、3 月には東京で開催した。どちらも北極海航路をテーマにセミナーを開催して、産学官の意見交換の場とした。特に、今後の産学官連携を視野に、1 回目は札幌で、地元の北海道経済と今後の北極海航路との関係を中心とした意見交換、2 回目は東京で、実際に始まろうとしているロシアのヤマルLNG 砕氷タンカーによる輸送パイロット事業などを紹介した。これらのセミナーには、大学、官公庁、企業からの多数の参加者があり、企業では日本の海運会社やノルウェーの海運会社などの講演もあった。今後、具体的な事例まで発展させるには、さらなる促進活動が不可欠であり、J-ARC Net の活動の中で産学官連携フィージビリティ・スタディー(FS)プログラムや課題設定型集会プログラムも同時に展開している。
FS では、異なる組織や機関の間での共同研究体制における知的財産の管理の在り方が最初の議論になっている。

今後の展望

センター設置から丸2 年が経過し、ArCS プロジェクトとJ-ARC Net 拠点の北極域研究推進の車の両輪がようやく動きだした。当センターは、学内外の北極域に関する研究・人材育成・産学官連携の取り組みのハブとして、関係者コミュニティーの維持拡大と研究成果の効果的利活用を促進していく。ArCS では、本学の特徴である人文社会科学も含めたステークホルダーを意識した異分野連携研究の推進と、教育機関としての経験を生かした若手研究者海外派遣の人材育成プログラムの向上を目指していく。J-ARC Net では、産学官間のネットワークの拡大をサポートするとともに、フィージビィリティ・スタディーを発展させ、より具体的な産学官連携の実例へと展開していきたい。
さらに、国際ネットワークの拡大には、2016 年8 月1 日のアラスカ大学フェアバンクス校国際北極圏研究センターとの部局間協定の締結をはじめ、同年10 月31 日にロシア連邦サハ共和国ヤクーツクの北東連邦大学、ロシア科学アカデミー北方圏生物問題研究所と当センター間での日露ジョイント・リサーチ・ラボラトリの設置に関わる協定を締結している。このラボを利用したJ-ARC Net の人材育成プログラムの一環で、ことし3 月にウインタースクールも開催しており、今後このような活動も生かして当センターの国際的な教育・研究ネットワークのハブ機能も強化していく。

(「産学官連携ジャーナルvol.13、No.4、2017」より抜粋)